美弥 MIYA Official website

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美弥 MIYA(旧名 沼田美弥)
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by Suppot Amaneshi 弥

伊豆稲取つるし雛

伊豆稲取つるし雛
子供の誕生を祝う風習。伊豆稲取のつるし雛。あふれるように作られた縁起物の小物。子供ひとりが生まれることにこれほど大人たちが愛情を注ぎ祝う気持ちに圧倒されます。
Japanese
English

誇示

アーティストの大半は自分以外の対象を独自の表現で形にしますが、それでも我が強い作家は作品の中に自分を描き込んだりしますが、自画像を作品として出す人もいます。ポップアートの先駆者アンディ・ウォーホルも自分の顔をプリントし発表しています。
参照:アンディ・ウォーホル作品
義務教育の中で現在、美術カリキュラムがどのようになっているかは知りませんが、私の小中校時代は自分か自分の身のまわりの人を描くのは当然の美術教育でした。身近なものに興味を持ちよく観察するという良い課題もありましたが費用がかからないのが一番だったのではないかと思っています。描くと言っても慎ましいものです。B4サイズの画用紙に鉛筆と水彩絵の具で仕上げるのが定番。破天荒な子でさえはみ出すのは机ぐらいで教室全部を独占するぐらい大きく自画像を描く子などいませんでした。
カタールで発表されたのは鑑賞客を頭上から見下ろす村上隆そのものの風船巨像。
アートは大きさも表現のひとつ。
村上隆さんはありのままの自分をモデルに制作し続けています。
次はどんな作品?

参照:村上隆「Murakami Ego」

人を見る目

彼の彼女の笑顔が素適。
知的で笑顔が魅力的な人に惹かれるのは珍しいことではない。
信頼が覆される事件が続いても人は笑顔にすがりたい。
人の好感度の理由は実にもろい。

病院ではなく診断出来解決出来る医者

いくら検査をしても見立てが出来ない医師では意味がない。
病院を次々と診察して回ることをドクターショッピングと言うらしい。
昔々、ご老人が病院巡りの自慢話をしていたのを覚えている。
語れるぐらいだから基本的にはお元気だったのだろう。
薬を処方してくれるのが良い医者と信じ、自ら病気を作っているとも知らず同じ種類の薬をたくさん飲んでいた。
しかしながら、医療が高度になるとそう簡単にはいかなくなる。
細密なデータがとれるようになっても病巣が発見出来なければ診察を受けた甲斐がない。
出された診断も外れていたなら命取り。
立派な総合病院を受診するにはハードルがある。
紹介状ありかなしか。
自分のために動ける人でも苦痛から解放されず原因さえわからずたどるわけだから解決しなければ気持ちが続かないかも知れない。自力で動くのもヤっとの人なら親身になって付き添ってくれる人がいてほしいと切に願うだろう。
診断出来るのは医師だけ。
その扉にたどり着くために患者も頭脳をフル活用しなければ快適な毎日も寿命も得られない。
超高齢化社会は泣き言を言わずに根性もって生きるしかない。

平成が終わる

まだ昭和天皇が健在の頃、高校生の私は休欠した教師の代役としてきた現代国語の教師に聞いた。「今の天皇が亡くなったら元号は変わるのですか?」彼は意表を突かれたような顔をした後、呑気に「ないと思いますよ。変わりません。」そう答えて予定通りの授業を進めようとした。そうなると元号なんか興味もなかったクラスメートたちがざわつきだした。結局、教師の変わらないという独断で収まったが、その後、時代は「平成」に変わった。
あの現代国語の先生、当時のことをおそらく覚えていないだろうけど、一応、教師なんだから「私見ですが」と断るべきだったのでは?と思う。
平成が天皇の意志で幕を引くことに決まったのは異例のこと。
でも確かに合理的。
政府はバタバタしたかも知れないが。

生きているうちにまた元号が変わる。
昭和が平成がと言う様子は、いつか、明治が大正がと言う歴史のように記されていくのだろう。

アーティストが刻むシュレッダーアート

オークションで競り落とされた直後、額縁の下から絵がひらひらとスライスして降りてきた。そのニュースでバンクシーというアーティストの名を知った人も多いと思う。覆面画家で実像はわからない。わからないけれどその活動が芸術的価値があると評価され作家とは関係のないところで高値が付いていく。アートの定義には色々あるが中に「世界を変えた」と言うポイントがある。よく知られるのはピカソの「ゲルニカ」。インパクトある表現に虐殺を非難し平和を訴える背景がある。日本人好みの癒されるとか慰められるとか別次元の創作活動である。新しい表現は無限に生まれそれに価値を認める人が現れる。人間の受容力が育っていく。
補足:真っ直ぐに裁断された場合、修復は可能と思われるが、コレクターが修復するかどうかは疑問。

→バンクシー記事 2018.10.10 07:00

2019元旦原宿竹下通り無差別殺人

「手錠の君 塀で朽ちるか 赤き頬」

2019年元旦、原宿の竹下通り。
新年を迎えた若者たちを後ろから引き、逃げた犯人の姿が画面に流れた。
凶暴な殺人計画を企てたのはぽっちゃりとした風貌の男。
若い彼の姿を今後見る機会あるだろうか。
おそらく10年も過ぎれば誰もこの時の彼と気がつく人もいないくらいに変貌していることだろう。
このために取得した自動車免許。
レンタカーの準備。
明治神宮初詣の人を狙って作った火炎放射器。
上野もターゲットに。
用意周到に練られた無差別殺人。
刑が決まるまでどれだけ時間が費やされるかわからないが彼が過ごすのは檻の中。
君の青春画像はこのシーンでピリオド。
命を喪失した被害者の未来を消した罪を負うために。

元日の未明、東京・原宿の竹下通りで車が暴走し、8人が重軽傷を負った事件で、逮捕された21歳の日下部和博容疑者

区切り

2018年が終わり、2019年が始まる。
元号「平成」が幕を閉じようとして、新元号が明けて4月1日(月)に発表されるという。
誰にでも区切りはある。
何にでも区切りはある。
終わりだと思えば終わり。脳は考えることを止める。
始まりだと思えば脳は動き目は輝く。
人は心で生きる生き物なのだ。

By chance

卵殻2018
偶然生まれたハート=ゆで卵の殻